その海辺の町には、人魚が訪れる。
訪れては、人と交流する。
人の心に触れ、肌に触れ。
ときに、人の心を惑わすことも…。

「坂道のアポロン」が大人気の、小玉ユキさん。
彼女の、素敵な短編集です。
人と人魚の関わりが、愛しくせつなく、胸に迫ってきます。なんて不思議なことを思いつくんだろう。
いやいや、よく思いを巡らすと、そんなに不思議なことではないのかも。
だって、思い出してください。
子どものころ、人魚とか魔女とか妖精とか、ごくごく近くにいる存在ではありませんでしたか?
実際に見たことはなくても、すぐそこにいるような気がしていませんでしたか?
小玉さんは、そんな幼いころの心を忘れていないのかもしれない。
この作品集の人魚たちは、実在しないとは思えないほど、生き生きとしています。

人魚は、大人になるまで、オスとメスと別々に生活している。
そして、ある年齢になると沖に出て、異性と出会い、交尾をする…。
そんな設定のもと、人魚と人が交流するさまが描かれます。

小玉さんの柔らかい描線が、人魚の魚部分の下半身を艶っぽく、それでいてのびやかに描く。
とても魅力的。
そのなめらかな曲線のせいか、海のなかを奔放に行き来している姿のせいか、人魚はとても自由に

見えます。
自由。そして、美しい。
飛沫をあげて海の上を跳ねる人魚、
人魚ののびやかな動きと姿にくらべると、人の心はぎこちない…。
おずおずと近づき、すぐに傷ついてしまう。
人魚への思いは、異質なものへの恐怖や軽蔑もなのか。自分とは異なるものへの憧れなのか。
人と人でないものの交流は、どうしても障害があるものですね。
それでも、おたがいに語りかけずにはいられない。
そんな姿が、いとおしく感じられます。

キラキラと光る水面が、まぶたに浮かんで離れない。
リアリティがあるわけではないのに、この町がどこかにあってほしいと強く願ってしまう。
どの作品もせつなく、そして暖かいのです。
まるで、海の中のように。

ところで。
わたしが一番好きなのは、「川面のファミリア」。
意外にも、川に住む人魚の話なのです。
川の人魚と人間の父娘との暖かな交流。
じつはわたし、幼いころ、家の近くの川に人魚がいると思いこんでいたのです。
だから、川人魚の存在、すっごーく納得できます!!

もっともっと、この設定のお話を読みたいなぁ…と思ってしまう。
魔法にかかったような、ほんわりとした気持ちになれる短編集です。